決して相手が自分の目の前に立ち現れることはなく、永遠に不在であることが確証されているからこそ、わたしたちは「これから先産まれることのない子供」に純然な愛情を向けられるのだ、と、反出生主義者はときに言います。実際、反出生者は厭世的で人間というものをよく思っていない人がほとんどだから、真の意味での人間への愛情をもって物事を語ることは不可能に近いのです。それでも「これから先産まれてくる子供たち」を愛しているからこそ、彼らを産まれないようにしてやりたいのだ、と言えるのは、その子たちは究極的に不在で、顔の見えない遠い存在だからだと。もし目の前に現れてものを喋る相手であったなら、自分たちはその子を愛することはできないだろうと。

肉親というものは基本的に限りなく近い存在でしかあり得ないから、顔を合わせている限りどうしても嫌な面が目につく。私たちのように家族を愛せなかった人が、いつか本当にそれを愛することができるとしたら、それは会えないようになって初めてなのだと思います。「会えなくなって初めて愛しさに気づく」みたいな言説は、相手の不在と、顔が見えなくなったことでようやく「自分の中だけで」その人の姿を創っていける、そして我々はその作業によってしか人を愛せない、そういう話なのだと思う。

私がその人を呼ぶとすれば、「私の兄さん／姉さん」。それは「他の誰でもない私の頭が創り出したあなた」という意味を込めて。けれども、愛することのできる肉親というのはどれだけ他の関係で満たされていても代えられない唯一無二なものだから、そういう存在でも居てくれたらすごく心が休まるだろうなと思います。

勿論、質問者さんにはその生まれることのなかった兄弟への罪の意識とか、羨ましさとか、色々な感情があるでしょうけれど、そんな大切な話を私にしてくださってありがとうございます。

2022.06